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東京高等裁判所 昭和51年(行コ)12号 判決

東京都文京区千石三丁目二五番二号

控訴人(第一審原告)

高安きみ子

右訴訟代理人弁護士

近藤与一

近藤博

近藤誠

同都文京区春日一丁目四番五号

被控訴人(第一審被告)小石川税務署長

臼井満

右指定代理人検事

渡辺等

同法務事務官

海老沢洋

同国税訟務官

石井寛忠

同大蔵事務官

西尾房時

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四六年九月一六日付をもって控訴人に対してした昭和四四年分の贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実欄第二及び第三記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表一〇行目「変更登記され」から同一一行目「原告の所有」までを、「変更登記された。被控訴人は、不動産の附合により右増改築部分の所有者」と改める。

2  原判決四枚目表九行目「事実は認め、」を「事実は代金額を除き、認める。代金額は、四一五万五八七一円の約束であったのに、本間兼治が四二三万六三九一円の請求をしてきたので協議の結果、同人が工事を予定より早く完成したことなどに対する謝礼の趣旨で右約定の代金額に四万四一二九円を加算して四二〇万円を支払ったものである。」と改める。同裏五行目「の一部」を削る。

原判決五枚目表四行目から六枚目表末行までを、次のとおり、改める。

「(二) 控訴人は、本件建物の増改築部分の所有権を附合により取得した反面において、夫安寿に対し民法二四八条及び七〇三条に従い不当利得の償還義務を負っているのであるが、安寿が弁護士業務のため本件建物を使用しこれを占有している関係上、民法一九六条により費用を支出した安寿が業務を廃止するなどして本件建物を控訴人に返還するまで、右償還義務の履行期は到来しないものである。右償還義務が少額ならともかく、安寿が支出した工事費と同額か又は工事による建物の増価額であって多額にのぼるから、夫婦の間であるからといってこれを免除し請求しないというのが社会一般の通念に合うものではなく、控訴人は安寿から免除を受けていないのであって、同人からむしろ請求を受け、現に右の償還債務担保のため安寿を権利者として本件建物に抵当権を設定し、その登記をした。右のとおり、控訴では、安寿から経済的な利益を無償で受けたものではないから、みなし贈与の規定の適用は受けない。仮に贈与としても、右償還義務を負うので負担付贈与であり、右償還義務は法律上発生し前記のとおり額、履行期共に定まった確実なものであるから、相続税法二二条及び一四条により贈与を受けた財産の価額から控除すべきであって、そうすれば課税すべきものはない。それ故被控訴人の課税処分は違法である。」

3  原判決六枚目裏四行目「解せられないし、」から同六行目「相当でない。」までを次のとおり改める。

「解せられず、むしろ長年既存の建物に同居し、工事に先立ち夫婦間で充分話合がなされていると認めるのが相当であることなどを考慮すると、本件工事に先立ち附合によって生ずることあるべき償還請求権を予め放棄する旨の合意が少くとも黙示的になされていると解される。控訴人は、本件建物は夫の安寿が占有者であると主張するが、安寿が単独で占有しているものでなく、控訴人もまた占有しているのであるから、安寿が返還するまで工事費用等の不当利得の返還義務の履行を拒みうるとの主張は、その前提を欠いている。控訴人は、原審では安寿との夫婦関係が継続する間、右の返還義務は存続するであろうと主張していたのであって、履行期の主張は前後矛盾している。このように控訴人の主張する利得の返還義務は、確実なものとはいえないのであって、仮に負担付贈与であるとしても、右返還義務の価額を控除すべきでない。」

4  (控訴人の当審における新たな主張)

(一)  課税決定通知書には、理由の附記を要し、附記した理由が事実と異るときは、決定は無効で、あらためて決定しなおさねばならない。本件の贈与税課税決定通知書には、理由として控訴人が増改築資金の贈与を受けたと記載されてあるが、事実は附合により所有権を取得したもので附記理由は間違っているし、また課税標準等の金額も事実に合致しない。よって、本件決定は違法である。

(二)  夫安寿と控訴人とは夫婦として相互に相手方を扶助する義務がある。そのような者が相手方に生活のため贈与した財産が通常必要なものであれば、相続税法二一条の三により課税されない。本件の贈与の対象である財産は、夫安寿が生活のため即ち法律事務所設営のため増改築したもので、右の要件に該当し非課税である。

5  (新たな主張に対する被控訴人の答弁)

(一)  相続税法には青色申告制度はなく、同制度に特有な理由附記も要求されていない。決定と異る理由を訴訟で主張するのをさまたげる根拠ばない。

(二)  相続税法二一条の三の一項三号で非課税とされるのは、生活費で通常必要と認められる範囲に限られる。家屋そのものの贈与を受ける場合は、本件の場合を含めて、家屋が生活に必要な場合でも、生活費とは異り非課税ではない。

6  (証拠)

控訴人は、甲第三号証、第四号証の一から三まで、第五号証の一から六まで、第六及び第七号証、第八号証の一及び二、第九号証から第一一号証まで、第一二号証の一から六まで並びに第一三号証から第一五号証までを提出し、第一二号証の一から六までは本件建物の入口及び内部の状況を撮影した写真であると付加陳述し、当審証人高安安寿の証言を援用した。

被控訴人は、甲第五号証の一の官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らない、第五号証の三から六までの裏面の各官署作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らない、第五号証の二及び第九号証の成立は知らない、第一二号証の一から六までについての付加陳述事項は知らない、その余の甲号証の成立は認める、と述べた。

理由

一  当裁判所も、原審と同様に、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の理由欄の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決七枚目表五行目「(一)の事実は、」を「(一)の事実は、増改築工事代金額を除き、」と改める。

2  原判決八枚目裏六行目「認められるから、」から「事情」までを次のとおり改める。

「認められ、また支出した増改築費用分に当る所有権を夫安寿のもとに留保したいのであれば、増改築後の建物を安寿と控訴人との共有として、その旨登記すれば足りるのに、本件では控訴人の単独所有のまま増改築の変更登記のみがなされた経緯に照らすと、本件の増改築あるいは右の変更登記が控訴人と安寿の間で控訴人が償還義務を負うとの前提で行なわれたとは到底認められず、控訴人が主張するように右増改築が安寿の弁護士事務所移転を契機として行なわれたもので、現に安寿が事務所として使用中であること、あるいは工事費用が少額でないものでないことの事情」

原判決八枚目裏八行目「従って」から一一行目「というべきである。」までを、次のとおり改める。「すなわち、控訴人夫婦の間においては、本件の増改築に当ってあらかじめ増改築後の建物の全部の所有権を控訴人に帰属せしめる合意をしたか、もしくはその附合によって生ずる償還義務を明示又は黙示に免除したものと解される。控訴人は右に反する証拠として、甲第九及び第一五号証を提出し、当審証人高安安寿の証言を援用している。しかし、以上の事情を考慮すると甲第九号証の記載内容は高安安寿の真意に出でたものとは到底考えられないし、又甲第一五号証によると控訴人は昭和五二年五月二一日の受付で本件建物にその主張の費用償還請求権担保のため安寿を権利者として抵当権設定登記を経由した事実が認められるが、右登記は本件訴訟の当審口頭弁論終結の直前になされたもので、真意に基かない作為によるものとしか考えられない。前記認定のように、控訴人夫婦の間においては、本件増改築に当りあらかじめ増改築後の建物の所有権のすべてを控訴人に帰属せしめる合意をしたか、もしくは安寿において右増改築による利得の償還義務を免除したものと認められ、その前者の場合には控訴人の債務は生じないし、そうでなくて附合による利得償還義務が生じ右の免除の合意がないとしても、控訴人の主張によればその履行期は安寿が将来弁護士を廃業してその事務所として使用する必要のなくなった時というのであって、いつのことかわからない不確定なもので、履行期がそのようなものであるとすると債務が有ると云っても無きに等しいのである。」

原判決九枚目表二行目から一〇枚目表四行目までを、すべて削る。

3  (控訴人の新たな主張について)

(一)  課税決定通知書の記載事項は、国税通則法二八条三項によれば、課税標準等であって決定の理由の附記は要求されていない。控訴人の主張は、この点でまず前提を欠くが、さらに右通知書に理由が附記されている場合でも、行政庁がその記載内容に拘束されるべき理由は見出せず、結局控訴人の主張は採用できないものである。

(二)  控訴人は、本件の増改築部分が相続税法二一条の三、一項三号の非課税財産に該当すると主張するが、これが生活費にあてるためにした贈与により取得した財産で通常必要と認められるものにあたらないこと明らかであるから、右主張も理由がないものである。

二  よって控訴人の請求を棄却した原判決は正当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。

控訴費用の負担について、行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法九五条及び八九条を適用する。

(裁判長裁判官 松永信和 裁判官 糟谷忠男 裁判官 浅生重機)

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